1984 Kumi Aoi In Concert

Kumi Aoi In Concert (くみ あおいイン・コンサート) Lanzamiento: 1984 Volver a Internacional CRÉDITOS DEL ÁLBUM ラテン界の実力派、くみあおいのすべてを収録した迫熱のライヴ盤!! 歌・くみ・あおい 伴奏 松波常雄クィンテット 収録 ビクター・ミュージック・ブラザ 1981年5月15日(A-1) 1981年7月17日(A-2,3) 1981年9月13日(A-4,5) 1982年9月17日(A-6,7B1-4) 1983年2月18日(B5) 1981年11月20日(8-6) ジャケット写真:熊木 隆 プロデュース:永田文夫 フェイヴァリット・ミュージック・シリーズについてポピュラー音楽界ではこのところ、アダルト・ミュージックともいうべきジャンルが、次第にクローズ・アップされて来ました。マス・コミを賑わすこともなく、比較的地味な存在ではあっても、オトナのファンの鑑賞に堪えるだけの音楽性を持ったイキの長いアーティストが、ようやく見直されつつあるようです。 わが日本にも、流行に左右されず、黙々と研さんを積んで、実力をたくわえて来た人たちが大ぜいいます。この「フェイヴァリット・ミュージック・ シリーズ」では、そういった本格派の歌手や演奏家にスポットライトをあて、 その真価を充分に味わって頂こうというわけです。 さらに特筆しておきたいのは、これがコンサートのライヴ・レコーディングであるということ。ご承知のように、近ごろのスタジオ録音は、24チャンネルのテープに何度もとりなおし、修正を加え、ミキシングをして、レコードが製作されます。その結果、出来ばえはよくなっても、果たしてそれが本モノかどうか、いささか疑問の残るところです。しかしこのアルバムは、コンサート会場で直接2チャンネルのステレオに収録したもの。したがって、 たとえミスがあってもそのまま入ってしまうかわり、客席で聴くのと同じナマナマしいサウンドが楽しめます。これこそまさにライヴ盤の醍醐味ではないでしょうか。 ●くみ・あおいについてくみ・あおいは、わが国のラテン音楽界の第一線で活躍する実力派歌手のひとりです。ツヤとハリのある天賦の声を存分に生かして、彼女は幅広いレパートリーをのびのびとうたいあげ、華やかにステージを盛り上げます。とくに近年の進境はめざましく、ゆたかな歌唱力を身につけて、各種のコンサートに大活躍をつづけて来ました。今後のラテン界の中核となるべき存在であることは、疑う余地もないでしょう。 くみ・あおいは、東京都足立区の生まれ。生粋の江戸っ子気質を持つ下町娘です。幼いころから音楽的な才能を発揮し、小学校時代は童謡の合唱団に入り、各地を公演しました。高校時代にクラシック音楽を学んだのち、卒業してからはラテン音楽に傾倒。当時は各種のコンテストに応募して、いわゆる「のど自慢荒らし」をしたそうです。テレビで10人抜きをして、海外旅行をかちとったこともありました。やがてNHKのオーディションに合格し、 プロ歌手としてデビュー、ホテルやクラブなどでうたいました。日本ラテン音楽協会が発足すると、そのメンバーとなってかずかずの催しに参加、每年恒例の大東京祭「ラテン・ミュージック・カーニバル」にも連続出演しています。1979年には、ユピテル・レコードのオムニバス・アルバム「ニュー・ ラテン・ポップス・ベスト・ヒット」 (YL-1011)に、「私の何かが」と「終局」を吹き込み、非常な好評を博しました。さらに、同年7月には東京・厚生年金会館大ホールで開かれた「ラテン・サマー・フェスティバル79」のステージに立ち、10月には金沢市の石川厚生年金会館大ホールの「サントス・ ラテン・フェスティバル」にも加わりました。そして1980年4月18日、高田馬場の「ビクター・ミュージック・プラザ」において、「くみ・あおいの夕べ」 と題する初のリサイタルを行ない、大成功を収めました。 その後も彼女は、たびたびビクター・ミュージック・プラザでのコンサートに出演し、1982年9月17日には、2度目のリサイタルを開いて、いちちるしい進境を示しました。 このレコードは、それらの幾つかのコンサートにおけるライヴ・レコーデイングからピック・アップした、言わばくみ・あおいのベスト・アルバム。 おなじみの名曲をうたうイキのいい演唱に、彼女ならではの魅力を満喫して頂くことができましょう。 1. 愛することは・・・ – Amor… amar くみ・あおいは新しいスパニッシュ・ポップスにも意欲をもやし、スペインの人気シンガー・ソングライター、カミロ・セストの作品をいち早くとり上げて、日本に紹介して来ました。B面のほとんど―5曲目までは、すべてカミロ・セスト(本名カミロ・ブラネス)が放ったヒット・ナンバーで、彼自身の作品なのです。この曲の原題は「アモール・アマール」といい、1972 年のヒット。原詩は、人気歌手ミゲル・ボセの母親にあたるルシア・ボセが書きました。 2. 過ぎ去りし君 (私の何かが) […]